あるがままって、平坦だわ

会話の中で、謙遜するときは大抵の場合、褒められることを期待していませんか?

「わたし、全然かわいくないから。。。」

「そんなこと全然ない〜。可愛いよ〜。」

みたいなやりとりのことです。笑

あるがまま

「あなたはそのままでいいんだよ」

と、あるがままの自分を認めていくことは大事ですね。

 

それって、他人の評価軸から外れることでもあるのです。

たとえば、

「わたしは全然可愛くない。。。」と落ち込んでいる女子がいたとして

どう見ても、可愛いと思ったら

「そんなことないよ、可愛いと思うよ」

という励まし方がありますね。

ときには、心にもないことを言って盛り上げることもありますよね。笑

 

でも、本当のあるがままを認めるって

肯定も否定もしないことです。

 

可愛いか可愛くないか、

どっちでもいい。

 

他のことにも、そういう評価は全般的に要らないのです。

 

もちろん、おしゃれをして可愛くすることは大事ですが、それは生活に彩を加えることで、人の本質の評価基準ではないですよね。

きっちり清潔感があったり、センスがよかったら人から好感を持たれやすいけれど、それだけのことなんですよ。

スタイルが良いとかもそういうことです。

別に痩せてスタイルが良くなったからと言って、本質的な部分で自信がつくわけではありません。

敢えていうなら、その痩せていく過程で自分に自信がついていくのです。

そして、ありのままの自分でオッケーを出せるから、自己一致してさらに太りにくい体になるという好循環が生まれます。

 

自信をつけるためには褒め過ぎない

逆に、褒められることを受け入れすぎることは、相手の期待にもろに応えようとしてしまい、とても残酷な結果になりがちです。

たとえば、わたしがよくやってしまいがちなのは、

「〇〇ちゃん、ちょーー頭いいよね〜」

と感心したら、そのことばっかり言ってしまい、〇〇ちゃんはわたしに接するときは頭よさげなことしか言わなくなってしまいました。

そういうことを期待されていると思っちゃいますよね。ごめんなさい。

 

人と人との間において、そんなに褒めたり賺したりする必要はないのです。

そんなことをして、人を自分の思い通りに動かそうとするなら、天罰が下ります。

人と本当のつながりが得られないという罰です。

そして、自分自身も架空の自分を装い続けていかなければならなくなるという枷に縛られるでしょう。

 

下手な社交辞令も不要

人の良い面を見ていき、思ったことは素直に表現すればいいですが、変に盛り上げようとするのって、いらないですね。

わたしはついつい、盛り上がって止められないことがあります。

関西人のノリなのか、褒めておだてて踊らされるのに慣れているのか。。

 

感情は平坦に、でも中心に炎が燃立つような生きる力を保つのが理想ではあります。

 

痩せて綺麗になろう

痩せてスタイルが良くなったら、ちやほやされて自分に自信がつくのではなく、

生活習慣が整ったり、自己制御ができるメンタルが整うから、自信がつくのです。

逆に痩せていないとわたしはダメだという強迫観念がついてしまうと、

そういう条件付の自信は、もろいので、

太ったら人間失格という恐怖にとらわれたら、大変なことになりますから要注意です。

 

うちのダイエットプログラムは、あるがままの自分に自信がついて、人生に彩が多くなることを目指している内容となっています。

 

diet

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