見た目が全てじゃないけれど

ゴリラは、誰が見てもゴリラだけど、

当の本人だけは、自分のことそんなにイカツイ風貌だとは知らないと、

「なんで、みんな私を怖がるの??わたしはりんごが好きな、平和な菜食主義なのに。」

と思っているかもしれない。

まず外見から判断されて、

その認知的不協和を起こさないところに、人は注目していく。

認知的不協和とは、認識に矛盾が出たときに不快感を持つということ。だから人は、矛盾が少ない方向で物事を認知しようとしてしまう。

 

つまり、ゴリラだから凶暴に違いないと一旦思い込むと、たとえゴリラが温和だったとしても

温和なところは無視して、怖いところばかり強調してみてしまう。

「だからゴリラはやっぱり凶暴だった、、」となる。

 

太っている人に対する、偏った見方も存在する。

こういう体型の人はこうに違いない、

そう思い込んだら、その思い込みを増強するところばかりを強調される。

可憐で美しい女性は、その部分だけを強調される。

 

やっぱり外見は、整っているほどに得なのだ。

 

人柄とか、人間性はその後で知っていくもので、最初にフンとしてたりツンケンしていたら、近づきにくいよね。

相性の相談に乗ることが多いけど、それ以前の第一印象の問題だったりもするんじゃないかな。

愛想よくするって、難しいのかな。。

少なくとも痩せることよりは簡単だと思うけど。

 

難しいことは人の手を借りましょう。

diet

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