正しさを追う人生

虚無感はどこからくるのか

2年前の写真を見ていると、これが私を一番よく象徴しているなと思いました。

常に何が正しくて間違っているかを考えて、そこに合わせていこうとしていたので、ほとんど人生を楽しめていませんでした。

もちろん、時々はじけることもありましたが、「危ない危ない」と自分の定位置に戻ってきて、大丈夫かな?とキョロキョロ周りを見回していました。

だから、昔は誰も知る人がいない遠いところに住もうとしていたんですよね。ヒマラヤの麓とか(笑)

常にどうしたらいいのかを考え、正解を出して、誰かに褒めてもらいたかったようです。

他人の評価に合わせようと無理をして、「あなたのためよ」と言ってくれる人の希望に沿うように努め、結果いつも肘をついて、こんな顔していました。

「つまらないな〜」「どこかに面白いことないかな〜」「誰か私を違う世界に連れていってほしいな〜」

って、その現実逃避からは何も答えは返ってきませんでした。

もちろん自分で楽しむことを心がけてはいました。

が、たとえばそれは高価なものを買うとかイベントを楽しむとか、特別な事をして自分を喜ばそうとしていました。

なので、条件が揃わないと出来ないことでもありました。

ところが今は、めっちゃお手軽です。

今していることを楽しむ

今この瞬間に、ちょっと自分のために一手間をかけるだけです。

飾って楽しくする、ちょっと美味しくしてみる、ちょっと可愛い方を選ぶ

というように、ちょっとした手間でできることを選ぶだけで、毎日が自然と楽しくなってきました。

つまり、自発的に人生を楽しもうとし始めているのです。

楽しませてくれるものを待つのではなく、自分から楽しみにいく。

これだけで、人生は急に彩に満ちたものになりました。

考えてみたら当たり前のことなのですが、

これまでは無駄をなくして、そういった楽しみを全部削いていこうとしていた自分にも気がつきました。

勝手に抑圧しまくってきたのですよね。

そうして、自分の気持ちを全く優先させていなかったから、つまらなくて、そのつまらなさを感じる自分を否定して、「人の言うことをきいたら、どうにか変われるのではないか」と、さらに自分の気持ちを塞ごうとしていました。

そうすると、欲に忠実な人がとても羨ましくて、そういう人とばかりくっついて、またまた自分を抑えてその人の欲を叶える側にまわっていました。

けれど、本当にそうしたかったのは、自分自身だったので、そりゃ頭がぐるぐるしますよね。こじれるわ。

今は本当の意味で。自分が答えをもっているのがわかってきて、人に求めなくて済むようになってきました。

本当のリーダーは、なぜ?とだけ聞いてくださいます。

バカなわたしの判断に、ダメ出しされるのかなと身構えていると、いつも問いかけてくださるだけです。それは、わたしの頭を働かせる問いではあっても、胸に温かく響くものです。

自分がどう現実生活に取り組むかで、世界は色彩を変えていくのですね。

自分の見え方が世界を規定しているとはこのことです。

欲望に忠実になると破滅するのではないか、という短絡的な思考を持っていましたが、それは子供の考えで、大人な持続可能な方法があるのもわかってきたから、余裕でそう言えるようになりました。

欲望は、人を遠くまで運んでくれるドライブです。

暴走車ではなく、大きなエンジンで広い長い道を悠々とずっと走って、辿りつきたい場所を目指す、そうした過程が、正しくはなくても、本当に良い人生なのかもしれません。

変わりたいあなたへ

何を望んでいますか?

自信のありか

1, 痩せたら自分に自信が持てる

2, 痩せていても自信がない

3、太っているから自信がない

4、太っていても自信がある

眺めてみると、一番下が最強ですね。

どんな自分でも大好き、最高!愛している!他人からの評価なんて気にならないもんね。ナオミさんみたいな人だと魅力的ですね。


思春期のころは、自意識が一生のうちでMAXになる時期ですが、その頃をずっと引きずって、自分がどう見えるかばかりを気にしていると、1-3もしくは4のふりバージョンを彷徨います。

外見と揺らがない自信は、真の因果関係ではないけれど、

わたしは、このままでいいんです。

っていうのも、自己正当化でしかなかったりします。

本当は、そのままじゃダメだと思っていても、ありのままのソングが頭を駆け巡り、自分の世界に引きこもる。

わたしもそういうところがあって、自分のことを批判してくる人には、この切れ味鋭い刀でばっさばさ切り返してきました。

その中で、諦めずに痛いことを言ってくる人がいて、

あんたなんか嫌い、最低、下品、消えて

と抵抗してきましたが、今では親友です。

聞く耳を持たないから、と諦めて去る人も多かった中、歯ぎしりをしながらも大嫌いだと思いながらも、仲良くなりました。

たぶん今も嫌いかな。話が全部合わない。。笑

でも、信用がおける人です。本音でごまかしのなく付き合える人だから。


翻って自分は、そこまで、ちゃんと人に向き合えているのか、先日は自分のフィードバックの甘さに落ち込み、珍しく眠れない夜を過ごし、過去に自分に刺さる言葉を投げてくれた人たちのことを思い出していました。

フィードバックのキツイ人たちの周囲には成長している人がたくさんいます。

はっきり言えない側も自分のことを守っていて、自分がどう思われるかを優先しているからできないのですよね。

傷つけちゃいけないのではなく、本人が傷つかないような大人に成長するように導かないといけないのです。

わたし自信の成長のときでもあるのですよね。真の自信を自分にも。

こんなワタクシですが、これからさらに本気のフィードバックを続けていきますよ。

https://peraichi.com/landing_pages/view/premaschool

喜びの多い人生

喜びの多い人生は、多分チャレンジの多い人生のことだと思う。

そこに失敗やときには涙、たくさんの感情も生まれて陰影が深くなるから、人生も深くなり、喜びも深くなるのかも。

安全で、安心で、平穏で、何気ない幸せを感じ、

このまま永遠に続いていく、予定調和な毎日よりも、たまに変調しても、自分らしく熱中できるものを私は求める。

それは、やり過ごし、あきらめ受け流してきた時間があったから、自分がそれを求めていることがわかった。

もっと活きる人生にするには、どうすればいいのか、そうやって手を伸ばして高いところの果実を掴めるようになるには、、

打ち込めるものがある人生、毎日が生きている実感と喜びに満ちた人生を選べるように、現実を直視して受けいれて努力していこう。

趣味に没頭するのもありですが、

仕事にして、周囲に影響を与えて、さらに大きくエネルギーを回していきたい人を応援しています。

退屈な人生

つまらないのは、評論家や物見遊山の話を聞くとき。

昔話の手柄を延々と聞くとき。


その話の中に苦悩があり、喜びがあり、希望がある今の体験にこそ価値があって、それ以外の他人の話を延々と聞いたところで、ただの時間の浪費だと思う。

酒の肴にもならない。

格好つけようと熱く語ったとしても、嘘はバレるし。

熱い情熱は、そんな簡単などこかから借りてきた言葉を連ねて語れるのか、疑問だわ。

一方で、楽しい会話には、ペイソスが入る。

軽快なジョークのセンスの塊とはこういうことなのに、どうしようもないシャレの連発にもヘドが出る。

うちの顧客のキャリア女性が救われないのは、気の利いた会話ができる男性の絶対数が少なすぎるということころにあるなあ。

全く違う業種だとしても、多くの頭の良い女性方の憂鬱は、ほとんどここに帰結しているようだ。

だから、日本を出るのね。

残った女性は、どうするのか。希少種の素敵な男性の争奪戦に参加するか、シェアするかだとしたら、後者になっても仕方がないのかもね。。。

さあ、どうしよう?

その苦悩にこそ、価値があるのかもしれず、、

安易に折り合いをつけたり、解決しようとしないところに面白さがあるかも。

答えなし。

いや、それが答えだ。

続きは、メルマガで。

見える世界が変わるとき

以前は気になって気になって仕方がなかったのに、今はさっぱり。

どうでもいい。

なんで、あんなに心が惹かれていたのか??

というようなとき、まさにステージアップのときがきていますね。

自分の中の心のモヤモヤが(もしかしたらトラウマかも)外部に投影されていたのが、見えなくなくなったということは、問題がクリアになったということです。

外部にネガティブが見えないと言っても、もちろん世の中は陰陽で成り立っていますから、蓋をしてみないということがポジティブということでは、ありません。

以前は、問題や辛さに目が向いて不安になりがちだったのに、これからどんなことが来ても乗り越えられると自分のことを信じられている状態がポジティブな状態です。

こういう状態になると、選択の範囲が広がるので、自分にとって良いことが入ってきやすくなります。

なぜなら不安に思っていることの中に、宝が隠れていることが多くありますから。

自分の恐れよりもやってみたい気持ちが勝り、行動に出られたときに、ポジティブな世界の扉が開いていくのでしょう。

そうしたときにフォーカスを当てる世界は、もちろん変化し、起きる出来事や見える出来事は全く変わったものになり、ステージアップだったり、パラダイムシフトが起きている状態になっているでしょう。

わたしもようやく怖くて仕方のなかったことから、抜けることができたようで、今年は興味がなくなったことがたくさんありました。(もともと気まぐれではありますが)

そういう意味で2018年は、すっごくデトックスの年だったのだなぁと今振り返ってみて思います。

来年は、どんな年にしたいですか?

わたしは怖さを乗り越えて、もっと挑戦できるようになりたいです。

まあ、挑戦といっても、崖を歯を食いしばって登っていくようなものではなく、楽しいことを中心に企画しています。

そのためにも、労を厭わず動くということが私の課題になってくると思います。

前だったら、面倒くさいな、わたしがやらなくてもいいでしょ、人の勝手だし、、と力を抜いていたようなことにも率先して取り組みたいです。

そういうことをしてこなかったのは、自分を守ることで忙しかったのかもしれませんね。

ということで、手始めは炊き出しのお手伝いに行ってきます。

暖かい格好でちゃんと労働力を提供してこようと思います。つべこべ言わずやる。

それから、また今年は

葉山のリトリート企画も計画しています!

海を見たり、瞑想をしたり、占いをしたり、ウォーキングレッスンしたり、マッサージをしたり、みんなで楽しめるイベントを考えていますので、お楽しみに♪

遠方からの方も、数千円で泊まれるスタイルにしますので、ぜひ!


2019年の最初の企画はこちらです↓↓↓ スタートダッシュ!

年始のボディのデトックスと一緒に2019年をより発展させてい方へのお年玉企画です。2019年の運気を上げる占星術セッションの特典付きです! 5日までの販売になりますのでお早目にどうぞ。

ダイエット24日目

今日から6時起きの早起きに挑戦しています。(夜型のわたしには大きな挑戦w)

先週は5時起きの集中トライアル週間だったのですが、途中で断念してしまいました。

「ああ、やっぱり、わたし続かない…」と落ち込みそうになるところを、気分一新して6時起きの呼びかけに乗ることに。

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